引用元:http://urx.blue/qW7U
明石家さんまさんの生い立ちが壮絶だった!
継母との関係や兄弟の現在は?
引退決意から救ったのはあの大御所芸人だった?
九死に一生を得た日航機墜落事故との関係に衝撃!
明石家さんまさんの生い立ちや継母、兄弟の現在、引退決意の過去に日航機墜落事故との関係まで徹底調査!
Contents
明石家さんまの生い立ちが壮絶!継母の現在は?
誰もが知っているお笑い界のレジェンド明石家さんまさん。
どんな場面でも笑い溢れる場にしてくれる、プロ中のプロ。
また、面倒見も良くて多くの後輩芸人、芸能人たちから尊敬されている人柄も魅力です。
笑顔という貯金をしておくと、
— ☆スターの名言☆ (@voice_actor_say) July 15, 2019
優しさという利子がつく。
明石家さんま pic.twitter.com/87FMne9CMC
そんなお笑い界の大御所にまで上り詰めたさんまさんですが、その満面の笑顔からは想像できないくらい壮絶な過去があったといいます。
さんまさんの生い立ちや家族との関係などについて、詳しく見ていきましょう。
さんまさんは1955年7月1日に和歌山県で生まれました。
家族構成は父、母、兄の正樹さん、弟のさんまさんの4人家族。
ここまではごく普通の家庭に見えますよね。
しかし、ここから壮絶な少年時代が始まったのです。
その始まりは、さんまさんが3歳のとき。
母親が病気で亡くなってしまったのです。
わずか3歳で母親を失うといのは、どれほど辛かったことと思います。
3歳くらいってやっと物心ついて、甘えたい盛りなのに、甘えられる人がいなくなってしまうなんて辛すぎます。
そんな寂しい日々を過ごすなか、さんまさんが小学校高学年のとき父親が再婚することになり、新しい母親ができたのです。
いわゆる継母ですね。
その時、継母には連れ子がいたそうで、連れ子を含めた家族5人で新しい家族が始まりました。
小学生という多感なお年頃に新しい兄弟ができたさんまさんですが、連れ子の存在はとても嬉しかったそうで、まるで弟ができたかように可愛がっていたそうです。
兄弟関係はとても上手くいっていたんですね。
ただ、その一方で継母との関係は上手くいかなかったといいます。
ある日、お酒を飲んでいた継母が
「自分が愛しているのは息子(連れ子)だけ」
と言っているところを、さんまさんと兄が偶然聞いてしまい、酷くショックを受け泣いてしまったそうです。
再婚しどちらかの親に子供がいる場合、血の繋がりのない子供同士や親との関係は本当に難しいと思います。
特に親というのは、子供のうちはその存在が本当に大きいもの。
継母とはいえ、自分たちのことをそんな風に思っていると知ったら誰だってショックに決まっています。
ただ、さんまさんの凄いところは決して諦めなかったところ。
そんな言葉を受けても、継母に興味や関心を抱いてもらおうと毎日必死に面白い事を考え、それを見せようとしていたそうです。
少しでも愛されたいという感情から、行動に出たんですね。
誰かの興味を惹きたい、この気持ちがお笑いの道に進むきっかけになったといいます。
気になる継母の現在ですが、どこにいらっしゃるかといった情報は不明だそう。
年齢は恐らく80歳前後ではないでしょうか。
一時期、介護施設にいるのでは?といわれていましたが、噂レベルで真偽は定かではありません。
これだけ情報がないとなると、おそらくさんまさんとの関係はほとんど途絶えてたのではないでしょうか。
明石家さんまの生い立ち 兄の現在は?
さんまさんの兄は正樹さんという方です。
明石家さんまの兄は顔はそっくりだけど顔の幅だけ違うって見かけたのでどれどれと調べて納得した pic.twitter.com/gMXB9yPtww
— 拝島恭介@イースセルセタ中 (@SE_O_T) May 10, 2016
似てる!!
顔を丸くしたさんまさんって感じですね!
兄の正樹さんは現在、スナック店を経営しているそうです。
その店名は「カラオケバーさんま」だそう(笑)
まんまですね!
杉本高文(明石家さんま)さん兄のお店 pic.twitter.com/evW2ULMdXo
— なかお ひろき (@hirokihime) October 15, 2014
兄弟仲が良いことは間違いありませんね。
ちなみに兄の正樹さん、テレビ中継でさんまさんと共演したこともあったようですよ。
継母との関係は上手くいきませんでしたが、兄弟の絆が相当固く結ばれているようですね。
これからもずっと仲の良い兄弟でいてほしいです。
明石家さんまの生い立ち 弟との別れ
とても可愛がっていた弟さん。
本来ならばお兄さん同様、今も仲良し兄弟だったに違いありません。
しかし、悲しいことに弟さんは、さんまさんが19歳のとき実家の火事により亡くなってしまいました。
実の母親、そして弟さん、人生で二度も大事な人が亡くなるというのは、あまりにも残酷で受け入れがたいことです。
さんまさんは19歳のときは、すでにお笑いの世界で仕事をしていました。
なので、この出来事が大きな精神的ダメージとなり、一時期は本当に引退を考えていたといいます。
仕事とはいえ、こんなにショックなことがあって人を笑わせられる精神状態になんてなれませんよね。
このまま引退・・・と思われた矢先、とある人物がさんまさんをお笑いの道に引き留めたのです。
明石家さんまの引退を止めたのは?
弟さんを亡くし、絶望に打ちひしがれていたさんまさん。
引退を考えたさんまさんを引き止めたのは、オール巨人さんでした。
【傑作・あだ名集!】
— 有吉弘行の爆笑_bot (@tweet_ww4649) July 19, 2019
オール巨人
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楽屋の厄介者 pic.twitter.com/xh1p9xI7mD
ある日、舞台でオール巨人さんと舞台で共演する機会があり、
オール巨人「お前んち、兄弟が焼いたらしいな」
さんま「そや、材木が切れたから代わりに焼いたんや」
と即興のセリフで観客が大笑いしたそうです。
このお客さんの大笑いする姿を見てさんまさんは引退を止めたそうです。
もう一度人を笑わせたいという原点を思い出したのでしょうね。
でも、あえてこの事をネタにしたオール巨人さんは凄いですよね。
お二人の信頼関係があって、さんまさんなら見事な返しをしてくれると信じたからこそ、このやり取りが実現したんだと思います。
このやり取りがなければ、お笑い界にさんまさんがいなかったかもしれないと考えると、人間って本当に何が救いになるか分かりませんよね。
直接対面で話して引退を引き止めるのではなく、舞台の上でさんまさんを救うなんて、オール巨人さん、カッコイイですね!
明石家さんまのブレイクのきっかけは?
引退を思いとどまり、再びお笑いの世界を進むと決めたさんまさん。
しかし、さんまさんは最初からお笑い芸人だったわけではなく、もともとは落語家だったってご存知でしたか?
1974年に上方落語家の笑福亭松之助さんに入門し、落語家ととしてデビュー。
全国に回り、色々トライするも結果は出ず...。
そこで、方向転換をしてお笑い芸人を目指すようになりました。
最初は、プロ野球やアイドルといったモノマネ芸からはじめ、少しずつ人気を上げていきました。
人気を上げたといっても、それだけであれば「ごく普通のモノマネ芸人」という存在で終わってしまいます。
しかし、さんまさんはとあることをきっかけにブレイクを果たします。
当時「てなもんや三度笠」という人気番組がありました。
1962年5月6日、
— オダブツのジョー (@odanii0414) May 5, 2018
大阪・朝日放送で、
藤田まこと主演「てなもんや三度笠」
スタート。 pic.twitter.com/j45qgkQ7Xe
この番組にさんまさんがゲスト出演したときに熊の被り物をしていたそうです。
当時その熊の被り物は『幸福の熊の着ぐるみ』として知られており、無名時代に西川きよしさんが被っていたことで有名になったといわれています。
さんまさんもそれを被った後、西川きよしさんと同じようにブレイクしたそうです。
この『幸福の熊の着ぐるみ』、笑いの神様が宿っているのかもしれませんね♪
もちろん、さんまさんの努力もあってのことです。
落語家として上手くいかないからと諦めず、お笑い芸人に転向して努力し続けたことでこの幸運を掴んだのでしょうね。
やはり、努力をした人には神様からご褒美を貰えるんだなと思います。
明石家さんまと日航機墜落事故の関係とは?
1985年8月12日に起きた日航機墜落事故。
520名もの方が犠牲になるという凄惨な事故でした。
犠牲者の中には「上を向いて歩こう」で有名な坂本九さんもいらっしゃいました。
実はさんまさんもこの便に乗る予定だったのです。
当初の予定通り仕事が終わったら、その便に乗る予定でした。
しかし、仕事が早く終わったためその便はキャンセルし一つ前の便で大阪に向かいました。
もし、仕事が予定通りに終わっていたら?
もし、仕事が早く終わっても便を変えなかったら?
そう考えると、怖くなってしまいます。
ちなみにこのニュースを知ったさんまさんは、それ以降、移動の際は飛行機ではなく新幹線を利用するようになったそうです。
明石家さんまの娘 IMALUへの想い
さんまさんの娘といえば、IMALUさん(大竹いまる)ですよね。
【昨年秋から】IMALU、6歳年上のアーティスト男性との交際を告白https://t.co/UEaNiXoOa5
— ライブドアニュース (@livedoornews) January 1, 2018
『今夜くらべてみました』SPで明かした。父・明石家さんまにも報告済みで「そうかあ、わざわざ報告ありがとう」と声をかけられたという。 pic.twitter.com/OVChKEiGGB
この珍しい名前には「生きているだけでまるもうけ」という意味が込められているのは有名だと思います。
さんまさんの人生を知らずにこの由来を聞いたときは、さんまさんらしい前向きな名前だな、という印象でしたが、さんまさんの壮絶な人生を知った後に改めて見てみると、重みが違いますよね。
幼少期から様々な苦労をされてきたさんまさん。
生きていることに対し人一倍感謝しているからこそ、最愛の娘にこの名前を送ったんですね。
明石家さんまのプロフィールをチェック
お笑い界のレジェンド、明石家さんまさんのプロフィールもチェックしておきましょう!
引用元:http://urx.blue/qW7U
- 名前:明石家 さんま(あかしや さんま)
- 生年月日:1955年7月1日 64歳 ※2019年7月時点
- 身長:172cm
- 体重:61㎏
- 血液型:B型
- 出身地:和歌山県
- 趣味:テニス、ゴルフ、サッカー、スポーツ観戦
明石家というと兵庫県のイメージがありますが、出身地が和歌山県なんですね。
下のさんまという名前は、さんまさんの実家が魚の加工業を経営していたことに由来しているそうですよ。
さんまさんの後輩には、実家が自転車屋の明石家サドル、実家が下着店の明石家パンツなんていう方もいたそう(笑)
実家愛を感じますね!
また、趣味も多彩でテニスやゴルフ、サッカーなど色んなスポーツができるのも凄いですよね!
サッカーはクラブワールドカップなどでよくゲスト出演するくらい詳しいようです。
ちなみに好きなサッカー選手は、あの至宝メッシ選手だそう。
明石家さんま生い立ちや継母の現在が衝撃!兄弟や引退決意の過去も まとめ
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お笑い界のレジェンド、明石家さんまさん。
小さい頃から笑いに溢れているのかと思いきや、壮絶な人生を送っていたことに驚きましたね。
さんまさん自身が笑いに救われてきたのだと思います。
これからも、その偉大な笑いの力を多くの方に届けてほしいと思います!
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
昔からファンですが検索は、してなかったです。1999年主人が事故で1年2カ月入院していた頃テレビを見ていました。私を笑わさせてくれ、とても元気をくれました。本当にありがとうございます。今も介護で大変ですが人間は、生かされている、まさに生きてるだけで丸儲けですね。去年真田ナオキさんの歌を聞き感度、心を惹かれ元気をもらっています。
いい年してバカなこと書いて申し訳ないです。ありがとう。
さんまさんのお父さんは、どこにいるの?
76歳で、逝去されたのですね。